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歴史と神話 Archive
ココナッツから出来る物
以前ココナッツの中身、ジュースと実を食べるお話をしましたが、他にココナッツって何に使われているのかしら?と思いませんか? ココナッツの分厚い皮をベリベリとはがしたあとは←こんな感じになったココナッツの表面を紙やすりでガリガリと滑らかにしていきます。 はじめはまわりに付いている繊維のようなものが取れて、すべすべになってきますが、ここで中断せずに更に目が細かい紙やすり又は、電動やすりで表面を綺麗にしていきます。
ある程度綺麗になったところで、今度は電動カッターで半分に切ります。 パカッと開けると中からココナッツジュースが出てきますので捨てます。 内側には白いココナッツの実が付いているのでそれをスプーンやナイフなどで綺麗に取ります。 ココナッツの実やジュースは新鮮であれば食べれるので、料理につかったり、そのまま食べても良いです。 中身を綺麗にくり抜いたら準備はオッケー。 木工用の艶出し剤やワックスをかけて表面を綺麗にします。
そしてこれにさめの皮や、Kalaと呼ばれる魚の皮を張っていくとなんとPuniu(プニウ)が出来ちゃうんです!!!
昔のハワイアンの作り方
昔の人はもちろん電動のカッターややすりなどなかったので、Lava Rock(ラヴァ・ロック)火山の石、Pohaku ‘anai(ポハクアナイ)玄武岩、Opihi(オピヒ)貝やサメの皮を使っていたそうです。 更に’Ulu(ウル)ブレッドフルーツや ‘Ohe(オヘ)笹の葉でココナッツの表面を滑らかにし、ワックスの変わりにはククイナッツのオイルをタパで塗り、木の繊維を編んで紐代わりにしていました。
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カヒコフラ衣装
メリーモナークや色々なショーなどで見かける伝統的なカヒコの衣装ですが、コットンやポリエステルの無い時代にフラを踊る際、ハワイアン達が身に付けていた生地Kapaカパ(又はTapaタパと呼ばれる)をご紹介します。 原料になっているのはWauke(ヴァウケ)と呼ばれるクワ科のカジノキというものです。 この木は昔ポリネシアの人々によって船で苗ごとハワイまで持ってこられたといわれています。 まずこの木の枝または幹の外側の茶色い部分を取り除き、内側の白い皮を使います。 木の棒で叩いて伸ばしていきます。 映像でも見られるように、面白いくらいきれいに皮が剥けていくんですね。 そして、しばらくコンコンと叩いていくわけです。 きっと昔の人はこうやってコンコンみんなでわいわいお話しながらとかやっていたんでしょうね♪ (1分55秒あたり)そして、叩き終わった後の木の皮ですが、見てください!!もう布にしか見えないですよね!
カパの塗料と模様
(2分46分あたり) 次に、衣装となるための色づけやデザインを施していくわけですが、この塗料は木の皮の茶色い部分から取られます。 又、ハワイに昔からある、花の花びらやベリー、ククイナッツ、赤土も塗料として使われていました。 塗料が出来ると、次はデザインが彫ってある竹の棒などを使ってカパに模様を付けていきます。 又、植物の茎などのそのままの形を使って模様を作ったりもしたそうです。 模様をスタンプする他に、カパを叩く棒に模様が彫られていて、その棒で叩くことによって、カパに自然に模様の跡を残す技法もありました。 プリンターにインクを設置してスタートボタンを押すだけとは訳が違いますね(笑)
カパの衣装を着て踊る
(5分40秒あたり) 2011年のメリーモナークの前夜際でHalau O Kekuhiハーラウ・オ・ケクヒによって行われたパフォーマンスですが、ここでダンサーが実際に着ている衣装がカパです。 全然木の皮になんて見えませんね。 こうやって昔のハワイアンはフラを踊るときの衣装としてや、特別な儀式のときや普段の生活の中でこうしてカパを使っていたわけです。 一度は自分で作ったカパの衣装で踊ってみたいですね☆
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クイーンエマ・夏の宮殿
- 2011-07-20 (水)
- 歴史と神話
フラを踊るにあたって、大事なことはやはり、まず曲の意味・内容を理解することですよね。 どんな曲にも作者の思いや、歌詞に隠された意味などいろいろあります。 わたしはいままで新しい曲を習うと、曲のハワイ語と英語の意味を辞書で調べて、自分なりに理解しているつもりでした。 しかし、メリーモナークなどに出場させてもらう機会があり、フラシスターたちと曲について話し合うなかで、自分がいかにまだまだだということに気付きました。 表面的なことばの意味だけ理解していても深いところまでわかっていないので、踊りの表現がまだまだ、ぜんぜんダメだったんです。。。どんな表情をすればいいのか、どんな気持ちで踊ればいいのか悩みました。 そして、気付いたことは、曲の“訳”を理解するだけでなく、歴史やその時代のことを学ぶことも大事だということです。 少しづつですが、本を読んでみたり、曲の縁の地に行ってみたり、オンラインで写真や動画を見てみたりして勉強しています。 そんななか、今回新しく習ったカヒコのメレはエマ王妃に捧げる曲。 リリウオカラニ女王やカラカウア王の歴史は何度も読んだり、聞いたりしたことはありますが、エマ王妃についてはクイーンズ病院を建てたことくらいしか知りません。。。 そこで、先日ヌウアヌのパリハイウェイの先にある、“エマ王妃・夏の宮殿”と呼ばれているHanaiakamalama(ハーナイアカマラマ)というところへ行って参りました!!

パリハイウェイ沿いにあるので、見逃してしまいそうになりますが、↑このサインが見えたら直ぐに右折してください。 そして奥に進んでいくと、この白い建物が見えてきます。 とっても静かで涼しく、まさに避暑地として使われていただけあります。 パレスの両側には緑があふれ、ちょうど裏には広々とした公園があり、子供たちが走り回っているのが見えました。 お弁当を持って、ピクニックに行くのに最適です。
パレスの歴史
さて、このサマーパレスですが、私はてっきり勘違いをしていましたが、エマ王妃の為に建てられたものではないそうです。 1848年にこの土地を購入したハワイ系白人実業家によって建てられた後、エマ王妃の叔父に売却され、彼の遺言でエマ王妃に残されたものなんです。 エマ王妃は別荘として家族や友人と共にこのパレスを使用したそうです。 正面に見える柱は当時流行していたギリシャ風リバイバル様式と呼ばれる建築様式だそうです。 1885年のエマ王妃の死後にハワイ政府によって購入され、1900年代初めにDaughters of Hawaii(ドーターズ・オブ・ハワイ)という団体により存続の危機にあったところを免れました。
エマ王妃
エマ王妃はカメハメハ1世の良き友であったジョン・ヤングの孫娘として、1836年1月2日にホノルルで生まれました。 生まれてすぐにエマは産みの母親の姉妹であるグレース・ルックと開業医のT.C.ルック夫婦の養子として育てられます。 6歳から他の首長の子供たちと共に学校へ通います。 カラカウア王やリリウオカラニ女王とも共に学んでいたそうです。 エマは20歳のときに22歳のアレクサンダー・リホリホ(カメハメハ4世)と結婚します。 カワイアハオ教会にて盛大な結婚式が開かれました。 結婚から2年後にアルバート王子を出産しましたが、4歳で亡くなってしまい、すぐ翌年にはカメハメハ4世も29歳の若さで亡くなってしまいます。 息子を亡くしてすぐに夫も亡くしてしまうなんて、27歳でエマ王妃はどんな思いだったんでしょう。 考えると切なくなります。 パレスの外にはエマ王妃、カメハメハ4世とアルバート王子の幼い手で植えられたといわれる木が3本並んでそびえ立っています。 又、パレス内に今も置かれている、アルバート王子のベビーベッドや消防士に憧れて着たと言われているジャケットなど、見ているとなんとも言えない気持ちになります。 しかし、それでもエマ王妃は芯の強さと威厳を保ち続けたと言われています。 ハワイの人々のことを考え多大な資金を上げるために努力し、クイーンズ病院の設立、慈善活動や教会の仕事などに貢献したそうです。 そして、晩年はこのサマーパレスで静かに暮らし、1885年に49歳でルック家で永眠しました。
今回は日本語のツアーガイドさんもいて、とってもわかり易く説明していただけました。 これからは今までとは違った気持ちで踊れそうです。
あ、それと。 パレスの裏にあるお土産屋さんも穴場ですよ。 私はこのタンクトップを購入しました。 背中にカメハメハ4世とエマ王妃とともに、ハワイの州歌ハワイポノイが印刷されています。 $5でした♪
皆さんも是非機会があれば行ってみて下さいね。
サマーパレスの行き方
住所:2913 Pali Highway, Honolulu, HI 96817
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電話番号:(808) 595-3167
Eメール:doh1903@hawaii.rr.com
ウェブサイト:www.daughtersofhawaii.org
入場料:大人$6 子供$1 カマアイナ$4
開館時間:月~日 午前9時から午後4時まで(祭日休み)
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